人は気軽に意見を言う。「そっちのほうがいいと思う」「やめたほうがいいんじゃない?」その言葉は、ときに親切で、ときに無責任だ。そして多くの場合、その両方が混ざっている。言われた側はつい、その言葉に重みを感じてしまう。声の大きさや自信のある言い方に引っ張られて、それがまるで正解のように見えてくる。でも冷静に考えてみれば、その意見は、その人の経験の一部であり、その瞬間の考えであり、その人の立場から見えた断片にすぎない。
やっかいなのは、意見を言った人は、その後の結果を引き受けないということだ。うまくいっても失敗しても、その人の生活はほとんど変わらない。だから人は自由に意見を言えるし、簡単に変えることもできる。それにもかかわらず、私はその言葉に揺れる。否定されると不安になり、多数の声に安心し、「間違えたくない」という気持ちから、判断を他人に預けてしまう。
けれど、本当に重いのは意見ではなく、選択のほうだ。どの意見を採用するのか、どの方向に進むのか。その結果は、最終的に自分に返ってくる。責任は、言う人ではなく、選ぶ人にある。だからこそ必要なのは、意見をそのまま受け入れることではなく、距離を取ることだ。参考にはする。でも、鵜呑みにしない。自分の中で一度ほどく。
人の意見は、思っているより軽い。そして自分の選択は、思っているより重い。軽いものに振り回されて、重いものを手放さないこと。それだけで、判断は自由になる。