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自由帳という名の学習帳

「風を売る商店」をはじめた理由

明日は「風を売る商店」の日なので準備をしています。風を売る商店は、ティラミスがやっている不定期開店のお店です。

前回が1回目でしたが、おかげさまで商品はほぼ完売で、はじめましてのお客様も買いに来てくださったり賑やかな開店日になりました。

「お店をはじめよう!」と思った理由は、「受注のお仕事だけじゃなくて、オリジナルコンテンツでお仕事してくことも増やしたいね。」という話からでした。

ゴム印はいろんな色でスタンプできます
ゴム印はいろんな色でスタンプできます

 

まず、「オリジナルグッズを販売してみよう!」と思ったとき、ネットショップも考えましたが、それはやめることにしました。

ものを販売するだけじゃなくて、「なんだかたのしい」「ここちいい」ということを一緒に体験してもらえるようなお店にしたいと思いました。

また、お店をやることで、地域や、さまざまなコミュニティともつながりを持ち、知り合うことをしていきたいと思いました。

商品は福祉施設で作っていただいたり、自分たちで作っています。
商品は福祉施設で作っていただいたものが中心です

 

ご自由にお持ち帰りくださいコーナー
ご自由にお持ち帰りくださいコーナー

 

開店日には「おたのしみ展」と名付けた展示も一緒に行うことにしました。

絵本やアートなど、見たり触ったり聴いたり、それだけを見に来てもらえるようにもしたいなと思っています。

絵本の原画を飾る準備
展示は「おたのしみ展」毎回、どんな展示かおたのしみ。

 

原画を壁に貼って、原画展です
原画を壁に貼って、原画展です

 

「お店」のお仕事を実際にしてみると、今までとは少し違う視点で見たり考えるようなり、グラフィックデザインのお仕事を受けたときにも、役立つ経験です。

「風を売る商店」は、子どもから大人まで年代関係なく、ふらっと立ち寄って楽しんでもらえるような場所にしていきたいなと思います。

明日もたのしみです。

お近くの方は、ぜひ、お立ち寄りください。

 

四角と線のあいだ

四角は線によって描かれ、
線は四角によって構成される。

線は四角によって描かれ
四角は線によって構成される。

四角はどこから線になって
線はどこから四角になるのか?

四角と線のあいだにはおもしろいものが隠されているような気がします。

「自分らしい」という、謎の呪縛を解く

松浦弥太郎先生の「自分らしさはいらない」を読みました。

じぶんらしい、このブランドらしい、この会社らしい、、、。
「らしさ」の枠をつくりすぎたら、窮屈になる。
頭で考えすぎた「らしさ」に 自分が、がんじがらめになって息苦しくなる。

とてもよくわかるなぁと思ったのでした。

今の時代になんか合ってないと思っていいるのに、自分で決めたこと、自分でつくってきたイメージにとらわれて変化できないというのは残念です。
こころが伸びやかで軽やかでいられるほうを選択したほうが、何倍もたのしそうです。

本の中に『エルメスがその昔、馬具をつくるのがエルメスらしさだと頑なだったら、今のエルメスにはなっていない』と書かれていて、「なるほど〜」と思いました。

時代やお客さまに合わせて、こころを使って考えて変化させていける自分でいたいなと思いました。
変えていくけど、「どれもティラミスらしいよね!」って言ってもらえるようなものを、つくっていきたいです。

ここちよく、たわわに実るイメージで。

先月、「わたしらしく」を卒業したばっかりだったので、とてもふむふむと思った本でした。

濁点について

濁点の「点」は、なぜ二つなのだろう?

一つや三つだったらどうだろう?

ふと、そう思った。

そして試してみた。
 
 

通常の「ゲ」。なんの変哲もない「ゲ」である。
1)通常の「ゲ」。なんの変哲もない「ゲ」である。

 
 
濁点から点を一つとったもの。どちらかというと「ケ」に近い印象を受ける。
2)濁点から点を一つとったもの。どちらかというと「ケ」に近い印象を受ける。

 
 
点3つのもの。三つでも「ゲ」と読むことができる。
3)点3つのもの。三つでも「ゲ」と読むことができる。

 
 
点4つ。点が多いがこれを見た人は「ゲ」だと認識するだろう。
4)点4つ。点が多いが「ゲ」と読むことができる。

 
 
思い切って点を10個にしてみた。それでも「ゲ」と認識できる。しかしこれでは隣に文字を配置するのに邪魔そうだ。
5)思い切って点を10個にしてみた。それでも「ゲ」と認識できる。隣に文字を配置するのには邪魔そうだ。

 
 
濁点は一つだけだと、2)のように付けていないと勘違いされてしまう可能性があります。しかしあとは「何個つけようが濁点として認識してくれるだろう」ということが分かりました。以上をふまえて次の文字は読めるでしょうか?
 
 
何と読めるでしょうか?
何と読めるでしょうか?

 
 
何と読めるでしょうか?
何と読めるでしょうか?

 
 
濁点は余分にあっても読むことができるし、なによりその余分から生まれたなんとも言えない雰囲気は、気持ちをたのしくさせてくれます。こんなことを気づかせてくれてありがとう、濁点よ。
 
 
制作のお問い合わせ

きもちよさ

つるっとした曲線のカーブがきもちいい。
ゆったりとした文字の間隔がきもちいい。
くしゃくしゃっと丸めた紙がきもちいい。

誰もが無意識のうちに感じている、そこを刺激して掘り出すことができるグラフィックはすごい。

ペーパーバッグに表紙カバーは必要か?

元ソニック・ユース、ファッションブランド、X-girlの創始者、キム・ゴードンが書いたGIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝という本がすごく面白かったです。

しかし1点だけすごく気になる所がありました。

この本、ペーパーバックなのにカバーがついているんです。

これは推測するに、表紙カバーをつけるかつけないかで売り上げにかなりの違いがでるのではないかということです。(教えて下さい、詳しい人)

ペーパーバッグにカバーをつけるというのは、バンクシーのグラフィティを額に入れてしまう様なことだと思うんです。

ブライトンのバンクシー
額に入れられたバンクシーのグラフィティ

何やかんや言っても、売れなきゃ翻訳すらされない、ならばカバーは仕方がない。自分が出版しているわけでもないのに勝手にジレンマを感じつつ、それでも「ペーパーバックにカバーは興ざめだよね」と思う今日この頃です。

追記
編集者の友人にこの話をした所、日本には返本制度があり、返本された際にカバーを取り替えればもう一度市場に出すことができるのだそうです。なのでカバーをつけたほうが長く扱ってもらえるということなんだそうです。私のカバーの有無で売り上げに違いがあるのでは?という推測は外れでした、すみません、、。

制作のお問い合わせ

検証 /// 文字の大きさをだんだん小さくする

紙に字を書いていると、だんだんスペースがなくなってきて「あ、このままでは書き終わらない!」という経験をしたことはないでしょうか?

文字が小さく
いつもながら書いている途中で気がつくわけです。

 
これは紙とペンというアナログだからこそおこる現象で、デジタルの場合はおこりません。当たり前ですがデジタルは後から簡単にフォントサイズを変えられるので足りなかったら全体のサイズを調節すればよいからです。

でもこのように人の書いたものは整ってはいませんが、なんとも味があっていいものです。そこでふと、思ったのです。「これをデジタルでやったらどうなるんだろう?」と。

「このいそがしい時期にそんなことをやっている暇があるのかしら?」という冷たい視線を隣から感じたりもしますが、こちとらこれが楽しくてデザインをやっているので、普段よりもスペシャルなコーヒーを自主的に入れたりとまわりの機嫌をとりながらコソコソと検証してみたいと思います。

検証1
検証1

いかがでしょうか?文字の大きさは気になりませんね、けっこう良い。ユーモラスな感じもします。

しかしです、「これは文章の中身と文字の大きさがリンクしているからユーモラスな感じをうけるのではないだろうか?」という疑問がわきました。そこで文章の内容に効果とは関係ないものを用意しました。

検証2
検証2

どうでしょう?文字がだんだん小さくなってもパッと見わからないですね。このままどんどん小さくしていけばおもしろい感じになりそうです。

どこに使えるかはまだよくわかりませんが、いろいろな所で使えそうな気がしてきました。

制作のお問い合わせ

心がうごく営業メール

営業のメールをお問い合わせフォームから時々いただきます。
個人で活動されているイラストレーターだったり、デザイナーだったり、はたまた、web制作などIT系の企業や、相見積もりサイトの方だったり。

ご連絡いただいたところから、ご縁ができて一緒にお仕事する場合もあるので、営業は一切お断り!とは思いません。むしろ、welcomeな気持ちです。

いいことなら誘ってほしいし、いろんなスキルのある方と知り合うことは可能性が広がるし、ティラミスの得意なところを活かせる場所にだったらどんどん出て行きたいです。

ですが。
コピペで、同じ業種のところにひたすら送っているんだろうな〜と、わかる感じの内容の場合は違います。
数撃ちゃ当たるの1つとして、ティラミスが選ばれたと思うと、むっともするし悲しい気持ちになります。
そして、もちろんその会社へのイメージが悪くなります。

と、いうことは。
その営業活動自体が、実際の目的とは逆の効果を発揮してることになります。
どうせ労力を使うなら、もっと心が動くような内容を考えることに使った方がいいのになーと思います。

そういうメールには、「お世話になっております」と文頭に書いてあります。
はじめてメールをする、縁もゆかりもない相手に「お世話になっております」って変ですよね?
なぜだか「いつもお世話になっております」と書いてある場合もあります。
「何にもまだ、お世話してませんけど?」と、言いたい。笑
日本のビジネスメールの常識って、はじめてでも「いいお天気ですね」のノリで「お世話になっております」って言うんでしょうか?

こころを込めるって大事なことなんだと思うんです。
こころは、見えないけど感じられる。

メールの文章からでも感情が伝わってくるものです。
デザインもそうです。

コピペ営業メールに匹敵するデザインはこれ。
・なんでもいいからデザインして。
・時間ないから急いでテキトーに。
・そこそこ見栄えがいいように。

「そういうことが伝わるデザイン」になっちゃうから、効果は逆効果だと思うんですよね。
デザインはていねいにつくろう、メール1通でも気をつけて出そう、我がフリも気をつけようって思いました。

A NEW AMERICAN PICTURE

ホンマタカシさんの著書「たのしい写真3」で知った、Doug Rickardさんの「A New American Picture」という写真集。

アメリカのストリートシーンを写したものなのですが、なんと写真はすべてGoogleのストリートビューを再撮影したものなのです。

再撮影したものをさらに撮影してみました。
再撮影したものをさらに撮影してみました。

アマゾンのレビューを見ると「Photography or editing?(写真なのか編集なのか?)」と書いてる人がいましたが、私はどちらかというとDJみたいなものなのではないかと思います。

この写真集に「写真か編集か?」と問うのは、DJに「あんたはミュージシャンかどうか?」とたずねるのに似ている気がします。DJがまだ一般的でなかった頃、「人のレコードかけてミュージシャンってなんだそれ?」という意見がたくさんあったと記憶しています。

それにしても部屋から一歩も出ずにアメリカを写し出す、クールです。しかしお母さんには「あんた部屋にこもってないで外で遊びなさい!」と怒られてしまうことでしょう。